夏と秋と「風」
夏がとても長くなった。
10年くらい前の上京した当時の東京は、8月の終わり頃に涼しい夜が1〜2日あり、9月に入れば秋の気配を感じる印象だった。沖縄出身としては明らかに感じられる秋が嬉しかった。
ある朝とても良い香りが近所中に広がっていて、どこかのお宅で洗濯機が壊れて柔軟剤でも流れ出たのかなと思っていたら、電車で出た街にも香るし帰ってきてもまだ香る。次の日もなお香り、数日ハテナを浮かべたのちのこと。「もしや……これが巷で話題のキンモクセイというものか⁉︎」——高く澄んだ空のもと、一人静かに真理に到達したのだった。
暑がりにとって近年の夏の灼熱っぷりはこたえる。
上白石萌音さんの新しいアルバム「kibi」に収録されている「風」を書き始めたのはちょうど暑くなりだす頃だった。寝るときにつける扇風機の風量をその日は一段階上げてみた。すると草原に寝転がって風に包まれているみたいで心地よく、枕元のiPhoneに「風」とメモを残して寝た。翌朝メモを見つけて鍵盤に向かい、「かぜ」と弾いて作り始めた。どんなに勉強や鍛錬を重ねても、音楽の生まれる0から1への瞬間はかなり偶然に頼っている。
多くのレコーディングではオケを録った後に歌を録るが、この曲はルバートなので息を合わせて同時に録ることとなった。アーティストの方との同録の経験はあまりなく、その上クリックなしという直しのきかない状況はかなりプレッシャーだった。せっかく萌音さんが良い歌を歌ったのに僕がくだらないミスをした、なんてことが起きたらどうしよう……。もうこういうときは神頼み。決まって年に一度お参りしている神社に、今年は二度目のお参りをした。
結果、すごく上手くいった気がする。
「風」の詞は”大人の心の中にいる幼いその人自身”の目線で書いたもの。レコーディング中の萌音さんの声は本当に心の奥から響いてくるみたいに凛としていて、歌い始めるたびこの曲の世界になった。近藤Dのディレクションにも大変助けられ、”どう表現するか”に意識を集中させてくれたので音楽主体で臨むことができた。萌音さんと制作チームの皆さんに大事に磨き上げられて、僕自身愛着を覚える一曲となった。
萌音さんは穏やかで、たまに冗談を言い、かと思えば実直な面がのぞき、惚れ惚れするような温かい雰囲気のお方だった。ゆっくりお話しするのは初めてだったので、「スピン」や「Loop」のお話もできて嬉しかった。
「kibi」リリースにあたって、近頃は「Loop」のことも振り返っていた。秋晴れの朝、仕事に向かう電車の中で改めてじっくり聴いていたら、皆さんの演奏と萌音さんの歌唱の熱さに涙が止まらなくなってしまった。
一つ、また一つと大事な音楽を形にしていける幸せを噛み締めます。僕の音楽を好いてくださったり、力を貸してくださる皆さんとのご縁に心から感謝しております。